フィリピンで看護学校を卒業した20代の人達が看護師になるためには、まずは病院で働かないといけません。しかしながら、日本と違ってなかなか就職はできません。新卒一括採用といった慣習は勿論ありませんし、あまりにも看護師の卵が多すぎるために、需要と供給のバランスが大幅に崩れているためです。
かってのフィリピンには、あるサクセスストーリーがありました。看護師になって海外で働き、実家に仕送りをして家を建てるという話です。そのために多くのフィリピン人は、家畜を売ったり財産を売ったりしたお金で子供を看護学校に入学させました。その結果、看護学校を卒業した人達が社会に溢れることになり、今に繋がっています。彼らは、現在、コールセンターで働いたり、オンライン英会話で働きながら、昼は無償で看護師をやっています。人によっては無償労働が2年以上も続くそうです。
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いくら発展途上国とはいえ、ここまで無情な話があっていいものでしょうか?他国のことながら、話を聞いているだけで気が滅入りました。いき過ぎた資本主義といいいますか、市場に任せすぎた結果とは、かくも恐ろしいものなんだと実感させられます。こういったことが起らないように、国家が様々なことを統制すべきだと私は思います。
翻って、日本はどうでしょうか?日本には、15-34歳の働かない人達、いわゆるニートと呼ばれる人達が約60万人います。生活保護を受けている人達にいたっては、約216万人です。一見すると、フィリピンの看護業界と同様に、労働者が溢れていて働く場所が全くないかのように見えます。しかしながら、日本の場合は違います。今の日本では労働者が減っている状況であり、特に介護業界や建設業界ではあまりにも人手不足のため、移民をいれようという話が活発に議論されています。
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働かない人がたくさんいるにもかかわらず、人手が足りないので移民を入れようという、よくわからない話になっています。結局のところ、日本では働かなくても食べていける人達がたくさんいるということです。親の年金、すでに死んだ人の年金、生活保護があれば働かなくても生きていけます。これでは、日本の制度はあまりにも緩いのではないでしょうか?日本は、もっと労働を施すような制度を推し進めるべきです。
労働環境についてまとめてみると、以下のようになります。
フィリピン
- 生活保護は無いので、働かないと生きていけない。
- 雇用情勢は市場に任せっきり。
- 最低賃金が決まっていない。
- 看護師は見習いの間は無償で働かないといけない。
- 労働者がたくさんいる。
日本
- 生活保護があるので、働かなくても生きていける。
- 雇用情勢は国家が統制している。
- 最低賃金が決まっている。
- どんな仕事でも見習いの期間でさえ給料が貰える。
- 労働者が足りていない。
家族環境についてまとめると、以下のようになります。
フィリピン
- 共働き。
- 三世帯で住む。
- 育児・介護は家庭で行う。
- 住み込みのお手伝いさんを雇う
日本
- 共働きになりつつある。
- 核家族。
- 育児・介護は公共の施設を利用する方向に向かっている。
- お手伝いさんを雇う方向に向かっているかも。
複雑な問題なので、はっきりとこれが原因だとは言い切れませんが、一つの原因は日本が「個人の生きようとする力」を伸ばす政策をとっていないためではないでしょうか?社会が弱者に対して卑下もせず、ただ優しく救おうとすればするほど、個人は甘えてしまい、その人本来の持つ力が奪われていきます。また、社会が個人を保護すれば、皮肉なことに個人の持つ繋がりは失われていきます。すぐに離婚するのも、そういったことが原因の一つにあげられます。母子家庭の貧困がどうこうと言う前に、まずは結婚を維持することを考えるべきです。
二つの社会を見比べてみると、フィリピンと日本の長所と短所や、お互いに足りない部分がわかります。労働者のシェアをしたり、人の交流を交えながらエネルギーのシェアをして、両国が手を携えていけるといいのですが。
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